株式会社島根情報処理センター 代表取締役社長 遠藤嘉右衛門さん(出雲商工会議所副会頭)
「人が来ない」。地方で事業を営む経営者なら、一度は口にしたことがある言葉だろう。だが、その一言で片づけてしまってよいのか。
島根県出雲市で創業57年を超えるIT企業、株式会社島根情報処理センター。代表取締役社長の遠藤さんは、人口減と人材流出が進む地方で、採用という課題に正面から向き合ってきた。地方で人を採り、育てるとはどういうことか。遠藤さんに話を聞いた。
出雲市、57年、地域とともに歩んできたIT企業
島根県出雲市に本社を置く株式会社島根情報処理センターは、創業57年を数えるIT企業だ。
同社を率いる遠藤さんは、出雲商工会議所の副会頭も務める。地元のIT企業の経営者であり、出雲市の経済を間近で見てきた一人でもある。
事業の柱は自治体向けのシステムで、売上のおよそ7割を占めている。出雲市の住民基本情報、いわゆる住基系システムの導入やカスタマイズから、出雲市から委託を受けたデータ処理までを手がけている。
残りの3割を占めるのが、民間企業向けのシステム開発だ。ここで同社が強みとするのが、プログラミング言語「Ruby」である。Rubyの開発者が島根県松江市に居を構えていることから、県もRubyをIT施策の中心に据えてきた。同社はその流れを早くから掴み、12〜13年にわたってRubyに取り組んできた結果、島根県内ではRubyを手がける会社として名前が挙がる存在になった。
企業が集まるほど、人材は奪い合いになる
地方で事業を営むうえで避けて通れないのが、人材の確保だ。遠藤さんは島根、とりわけ出雲市の経済を語るとき、その産業構造に触れる。出雲市は島根県内でも工業、農業が比較的強い地域だ。誘致企業も多く、それらの誘致した企業は地域経済で大きな役割を果たしている。
ただ、それは雇用の受け皿が増えるという良い面だけではない。業界として盛り上がるのは良いが、人の獲得という点では実はあまりよくない側面もあるのではないか、と遠藤さんは語る。誘致企業が増えた分だけ、限られた人材の奪い合いが起きているのだ。地域に企業が集まることと、自社が人を採用できることは、必ずしも同じではない。
若者が帰りたくなったときに、選ばれる会社でいる
島根の採用を難しくしている要因のひとつが、進学や就職を機に多くの若者が県外へ出ていく、という人材流出だ。
ただ遠藤さんは、それ自体を止めようとは考えていない。むしろ一回は出てもらいたい、という立場だ。県外で暮らせば、自分が育った場所を外から客観的に見られるようになり、いろいろな地域の人と話すなかで、自分のなかの常識の基準も変わっていく。親元を離れて自分で生活してみることも、大事な経験だ。外に出ることで、改めて地元の良さを感じるところもある、と遠藤さんは考えている。
問題は、出ていったきり戻ってこないことではなく、戻ってきたいと思ったときに戻る先がないことだ。遠藤さんは、絶対に田舎なんか帰れないという人もいる一方で、できれば帰りたいという人も人材市場には一定数いると見ている。だからこそ重要なのが、若者が帰ってくるときの受け皿として、自社が選択肢に残っていることだ。一度は外に出てもらい、そのうえで、帰りたくなったときに選択肢として浮かぶ存在でいる。それが遠藤さんの描く姿だ。
そのために乗り越えるべき壁が、認知である。地元の企業でありながら、そもそも自社が知られていない。遠藤さんによれば、創業57年になるが、自社を知らなかったという人が出雲市内にも結構いるのだという。だから遠藤さんは、若者本人だけでなく、その親世代、さらには子ども世代に向けても、自社の存在を伝えていく必要があると考えている。県外に出る前に地元にもこういう企業があると知ってもらい、出たあとも様々な媒体を通じて思い出してもらえる状態をつくる。地方企業の採用は、求人を出す前のこの地ならしから始まっているのだ。
100%の人材は、待っていても来ない
地方の経営者の口からよく出るのが、人が来ないという言葉だ。遠藤さんもそれを耳にするが、その見方は嘆きとは少し違うところにある。来ない来ないと言われがちだが、来るところには来る。問題はその先にある、というのが遠藤さんの実感だ。
そのうえで遠藤さんが語るのは、採用観そのものの転換である。100%自分が求めている人を採れるかというと、そんなにパイはないと遠藤さんは見る。条件を満たす理想の人材を待ち続けるのではなく、採用し、そこからどう育てていくかに重心を移すべきだという考え方だ。
ただし、地方のIT業界には特有の難しさもある。遠藤さんいわく、もともと人が辞めやすい業界で、30歳を過ぎて家庭を持つ頃に自分のキャリアを見つめ直し、辞めていく人が一定数いるのだという。だから遠藤さんは、引き止めることよりも、育てる速さに目を向ける。今は3年ほどかけてようやく独り立ちできるが、それをもっと早く成長させて早く活躍できる人にしていかなければならない、と遠藤さんは言う。成り行きでの成長を待つのではなく、育成のサイクルを意識して速く回していく。成り行きを待っていては、ビジネスとして成り立たないからだ。
採用は、応募が来るか来ないかという入口の問題に見えて、その実、採用したあとにどれだけ早く戦力にできるかという育成の問題でもある。遠藤さんの言葉はそう読める。
遠藤さんが指摘するように、地方企業の採用課題は人が来ないの一言で片づけられがちだ。だが、弊社が島根県内で採用支援に関わってきた実感は、少し異なる。
県内のある設備関連の企業は、当初、この業界で求人を出しても人は来ないと考えていた。出入りの少ない業種で、求人にコストをかける発想自体が薄かったのだ。それでも適切に募集を設計して出したところ、採用は決まった。別の県内企業では、応募がコンスタントに集まり続けている。
地方企業に共通して感じるのは、自社をどう良く見せるかが弱いということだ。都市部の企業に比べ、自社の魅力を言葉にして発信することに慣れていないためだが、裏を返せば、そこを整えるだけで結果が変わる余地は大きい。人が来ない
若者が出ていく地方で、会社に何ができるか

最後に、地域経済の発展という言葉を遠藤さんはどう捉えているのか聞いた。その答えは、意外なものだった。みんなで集まって、こういう社会がいいよねと話し合うのは良いことで、地域をどうするかをみんなで考える場にはたびたび出てきたが、それでも遠藤さんが信じているのは、結局は個がどれだけ頑張れるかだという。
一人ひとりが一生懸命に頑張り、その頑張りを互いに応援し合える。そうした健全な競争ができる環境こそが良い社会なのではないか、と遠藤さんは考える。地域内にも競争があり、地域として外との競争も出てくる。そして人口が減っていくなかで、いずれ海外の人材にも頼らざるを得なくなる。そのとき、海外との競争にも勝てるだけの筋肉をつけておくことが必要だと、遠藤さんは語った。
人が来ないと嘆くのではなく、出ていく若者を引き止めるのでもなく、一人ひとりが頑張れる場所をつくり、帰ってくるときの受け皿を用意し、採った人を早く育てる。島根情報処理センターの遠藤さんの言葉は、地方で人と向き合うすべての企業に、静かに問いを投げかけている。
【企業情報】
株式会社島根情報処理センター
代表取締役社長:遠藤 嘉右衛門様
コーポレートサイト:https://www.sjc-inc.co.jp/